4.Demande[Request] -依頼-
私は、これでもまだ高校生なのです。
その高校生が、知り合いの1人も居ないこの街へやってきた理由。
それは後々わかることなので、今は言わない。
けれど、1人でやってきたわけではない。
早くに親を亡くした私。
身寄りの無い私を引き受けてくれたのは、本当の姉のように慕ってきたあの人。
そして、私の親から教わってきたある物の兄弟子でもある。
その人のおかげ、というか、その人のせいで私はこの街へやってきたのである。まる。
∫ ∫ ∫
少なくも、多くもない友達の1人にとても噂好きの奴がいる。
名を後藤君と言う。割と神出鬼没な奴で良い奴なんだが、掴めない性格をしている。
その後藤君が、この頃変な噂が流れていると言っていた。
実際に見たコトはないらしいが、今この街では人狼が夜な夜な街を出歩いているという。
それらしき姿を少し見かけた、というのが少し。
犬とは思えない遠吠えが多数。
それと関係があるのか、行方不明者が少し、増加しているとのこと。
後藤君の芝居がかった口調に気圧される僕。
いつもに増して重く語る後藤君。
この街、と言ってもさほど小さいわけじゃない。
わけじゃないのだが、噂だと切って捨ておける問題でもないような気がした。
・・・まぁ、空から見ていてそんなものを見たことは無いんだが。
∫ ∫ ∫
昨日の夜、天馬と約束した時間には少し余裕がある。
その前に、あの人と会っておこう。
たまに、思うのだけど。あの人は私をいじって楽しんでるのでは無いかと思う節がある。
今回も、バレたらいじられるのだろうか。いや、確実にいじられるっぽい。
とりあえず、昨日の件は所々伏せて報告しよう。
と、街外れにある工場地帯の一角に着いた。
その中に1際浮いている、オフィスビルの3階にあの人は居を構えている。
あの人・・・彼女の名前は水無月鈴華《みなづき れいか》。
私の身元引き受け人で、兄弟子であり、また私の師でもある。
私が親から引き継いだのは、軋間の一族の血と、そして土地だけである。
ほかにも私には権利がある、といって引き継がせようとしたものもある。
けれど、それは鈴華さんの方が適任だと言って辞退したものがある。
それは、ロンドンの時計塔にある魔術協会のイスのこと。
私にはそのイスに座っていられるほどの腕も度胸も無い。
鈴華さんに言わせてみれば『そんなもの、無くても座っていられる』とのこと。
まぁ、1世紀にも満たないうちに無様に散るだろうけどな、とも言っていたのである。
余談はさておき。
鈴華さんは、
『街に慣れたのなら、うちまで来るといい。これからの話をしよう』
と言っていたのでここまで足を運んだのである。
昨日のうちに、散々街を歩きまわったおかげか、迷うことなくここまで来れたのはいいんだけど・・・。
中々にこのビルへ入るための入り口が見つからない。
まるで、このビルに入るのを拒んでいるかのように。
20分近く、探した末に見つけた入り口には、鈴華さんのものであろう魔術の痕跡が残っていた。
ある種の結界、目的が無ければ見向きもしない、初歩の結界である。
―――あとでわかるのだが、これはダミーのようなもので、私では感知できない結界があと2つ残っているらしい。
流石、私の師。と言いたい所だが、この結界は彼女独自のもので、教えてくれる素振りはひとつもなかったりする。
ケチ、と言いたい所だが言ったら殺される。
ガチで、殺される。死んでも、言えません。
言っちゃ、ダメです。
まぁ、話を戻しましょう。
事務所のような趣の部屋に着く。実際、事務所だと知ったのはもっと後。
中へ入ると、鈴華さんは、人を嘲笑うかのような笑みをしたまま、迎えてくれた。
「遅かったじゃないか。いや、片刃にしては早かったかな?」
訂正、ような、では無くホントに嘲笑ってた。
「鈴華さん!なんでそんなイジワルなんですか!もうちょっと詳しく言ってくれても良かったんじゃないですか!」
「悪い悪い。でもな、片刃。これもお前のためなんだぞ?試練だと思って諦めるんだ」
「そんな、人を嘲笑うだけの試練はいりません!」
悪びれた様子もなく、鈴華さんは本題を切り出す。
「まぁ、座れ片刃。ここへ来たのはほかの用事なんだろ?」
私にソファーを勧める鈴華さん。
「・・・鈴華さんが、呼んだんです。用件はなんですか?」
少しふてくされながら私は聞き返す。
「まぁ、どうして日本へ来たかはわかってるよな?」
そうなのだ。私がここへ来た理由。
「協会からの依頼でしたよね」
それは鈴華さんが、協会から引き受けた依頼で、私は助手として来ているのである。
だが、まだ私はその依頼の内容を聞いてないのだ。
「そう。それなんだが、片刃。どうもな、今回の件は私では簡単すぎる。
代わりと言ってなんだが、お前がやれ、片刃。良い修行になるだろ?」
そう言って、鈴華さんは頑張れと有無を言わさず決定してしまった。
修行、と言われては私のプライドのためにも断るわけにもいかない。
けれど、鈴華さんは最初からこうするつもりだったんじゃ・・・?
「何か言いたげだな。それで依頼の内容なんだが・・・」
流石、兄弟子。わかってらっしゃる。だけど、全て決定事項で話すのはよくないと思う。
「ちょ、ちょっと待ってください、鈴華さん!丸投げですか!?」
この街に来てから、私は置いてけぼりの状況によくあうような気がする。
「なに、情報くらいは提供してやれるが、まぁすぐにとはいかないがな」
落ち着いた素振りで鈴華さんは話す。
「で、まぁ依頼の内容なんだが・・・、片刃。聞いてるか?」
「え、えぇ。聞いてます」
とりあえず深呼吸して頭を切り替える。
「ふむ。まぁなに、簡単な話だ。今、この街では怪物が出るという噂があるのは知ってるか?」
「いえ、知らないです」
「その怪物なんだが、ホントに居るんだよ。まだ噂程度だが、実際にはその怪物に襲われて行方不明者が多発している」
「その怪物の退治ですか。確かに、鈴華さんじゃ荷が軽すぎますね」
「甘く見るなよ、片刃」
急に真剣な面持ちで私を睨む鈴華さん。
少し気圧されながらも私は先を促す。
「それで、どんな怪物なんですか?」
「それがな、今の段階じゃまだ不明だ」
「やっぱり丸投げじゃないですか!」
「だから落ち着け。期限があるわけじゃないんだ。少しずつ、自分のペースでやってけよ」
そんなことを言いながら鈴華さんはタバコに火をつける。
「お前に、相方が居れば少しは楽になると思うんだが」
「今のところ、そんな人は居ません」
「ま、来たばっかりだし、そんなもんだろ」
自分で淹れたのか、既にあったコーヒーを口に運ぶ鈴華さん。
私の返答を待つかのように、ゆっくりとした、動作だった。
「・・・わかりました。その話、引き受けましょう」
私一人でやる、というのはこれが初めてだ。
鈴華さんは、私の力量を測るつもりで任せているのかもしれない。
何より、この私自身がどこまでやれるのか、それを確かめたくてうずうずしている。
「これも経験だ、片刃」
ゆっくりとタバコの煙を吐きおえて、
「この街に巣食う化け物をブチ殺せ。」
私を焚きつけてくれた。